母の話。 田中慎弥『共喰い』

共喰い

共喰い

 母の話だと、思った。
 「父と息子」ってフレコミですが、自分は母性の話だと思う。父から息子へのカルマではなく、母性の話だ。まず、主人公の母の仁子さん、全然"母親"じゃない笑。読んでるこっちが引いてしまうくらいに笑。だって離婚して引き取らなかった理由が「あの男の血が入ったお前が嫌だったから」って息子本人に言っちゃうんだもの笑。(※以下ネタバレ)そんな仁子さんがヒーローになる。「終わったけい、帰ろういね。」。「少しの毛」と描写されていた父親の髪が、最後は「赤ん坊のような髪」という描写になる。父という男への(ある種の)愛情が、母から息子へ移ったかのような変化だ。息子が苦しませる父からの"系譜"を母親が断ち切る話だと思う。語り部である主人公がそのようには表現しないところに、文学としての魅力がある。もたらされる印象が、母性の存在が、なんというか、尊い笑。全然母親らしくない母親が、最後に母性を見せる話。だから、これは母の話だ。(※ネタバレ終わり☆)

 田中慎弥の芥川受賞コメントがすごくカッコいい。

「苦労に挑むのは不可能だが、困難に挑むことなら出来る。(略)
 昨日までより今日の方が難しい。今日より明日の方が怖い。挑むことが可能なら、逃げることはもっと容易だ。広々とした逃げ道にうしろ髪を引かれながら、困難に挑んでゆかなければならない。味方はいない。
 貰えるかもしれないし貰えないかもしれない、と思ってはきたが、この賞への思いが途切れたことは一度もなかった。全選考委員に心から感謝します。本当に。 - 田中慎也